今日がこの先の未来より

主にニチアサ・ハロプロ関連でTLに流せない長文を垂れ流します

全人類に『SOUL CATCHER(S)』(通称ソルキャ)を読んでほしい

独断と偏見に満ちた『SOUL CATCHER(S) 』のレビュー兼プレゼンです。何はともあれ全人類『SOUL CATCHER(S) 』に読んでほしいです。

 

【3/9追記】

ジャンプBOOKストア!」というアプリ内の「ダンダン無料」というページから、1~4巻の内容が毎日1話ずつ読めるようになりました!

 
play.google.com

 

 

 

SOUL CATCHER(S)とは

SOUL CATCHER(S)』は、2013年~2016年に少年ジャンプ系列誌で掲載されていた吹奏楽漫画です。単行本は11巻発売されています。略称はソルキャ。

作者は『LIGHT WING』の作者としても知られる神海英雄先生で、現在は『瞬間探偵 平目木駿』という作品(原作はドラマ)のコミカライズを担当していらっしゃいます。

 

SOUL CATCHER(S)』はジャンプで吹奏楽を題材にした珍しい作品ですが、それ以上に目を引くのは設定や描写の奇抜さでしょう。

 

あらすじを紹介します。
主人公の神峰翔太は、人の心が見えます。

f:id:troisgolfe:20181120160754j:plain

人の心の様子が見える神峰※比喩ではない
[op.1]SOUL CATCHER(S) - 神海英雄 | 少年ジャンプ+



そんな彼は、サックスの音で聴き手の心を掴む刻阪響に遭遇。 

 

f:id:troisgolfe:20190125231537j:plain

心をつかむ刻阪の音※比喩ではない
[op.1]SOUL CATCHER(S) - 神海英雄 | 少年ジャンプ+

 

刻阪に誘われ、神峰は吹奏楽部に指揮者として入部し、全国大会を目指すことになります。しかし、顧問の先生からは「各楽器のパートリーダーに指揮者として認めてもらう」というミッションを課され――

 

 

トンチキ吹奏楽

吹奏楽漫画の皮を被った異能バトル漫画じゃねーか!」と思った皆様、正解です。

 

f:id:troisgolfe:20181130131918j:plain

吹奏楽には到底関係なさそうな生物が蠢く単行本1巻の表紙

 

神峰の目には、人の心が武器やファンタジックな生き物として映ります。上の画像の青く揺らめくハートや怪獣、セイレーンが良い例です。演奏シーンになると、なんとこれらの「心」が激しいバトルを繰り広げます。*1例えば、神峰が指揮棒から虹を生やしたり首を刀で斬られかかったりします。

この音楽描写に加え、高校生とは思えない演奏をするハイスペックなキャラクターが次々と現れるバーゲンセールも開催。

吹奏楽のリアリティーからは外れた「トンチキ吹奏楽(読者からの愛称は吹争楽)」が繰り広げられます。

 

ちなみに、アンサイクロペディアには本作のトンチキ描写がまとめられています。ネタバレの嵐ではありますが、トンチキ描写が無駄に網羅されていて面白いです。(→http://ansaikuropedia.org/wiki/SOUL_CATCHER(S)


しかしこのトンチキ吹奏楽、とにかく熱い。

古今東西から集められたモチーフによる厨二心を掻き立てるド派手なバトル、その中で描かれる神峰の指揮や刻阪達の演奏の成長、手強いライバルとの切磋琢磨、神峰を指揮者として認めた部員が徐々に加勢する展開…… 等と、バトル漫画やスポーツ漫画で定番の熱い展開がこれでもかというほどに詰め込まれています

そして、何よりもトンチキ吹奏楽を熱くさせるのは、その裏にある繊細でリアルなキャラクターの感情です。

 

リアルな感情

実はこの漫画は、異能バトルのような吹奏楽をしているだけではありません。

 

全国大会に出場するためには当然良い演奏が求められるわけですが、良い演奏のための課題となるのが「演奏者の心をまとめること」と「演奏者が心に抱えた問題を解決すること」です。刻阪は「人の心が見える神峰ならこの2つの課題をクリアできるのではないだろうか?」と期待をかけ、神峰を指揮者に誘います。
つまり指揮者としての神峰には、曲に関する指示を出すだけでなく、演奏者である部員が抱える問題を解決することも求められることになります。実際に、神峰は部員(主に各楽器のパートリーダー)が抱える問題を“心を見る”ことで見抜き、音楽を通じて解決し、部員に認められていきます。

 

吹奏楽漫画の皮を被ったカウンセリング漫画じゃねーか!」と思った皆様、正解です。この漫画では登場人物の心に重点が置かれています。


では、一体吹奏楽部員はどんな問題を抱えているのでしょうか。例を挙げれば、「物事を悲観的に捉えてしまう」「上手く他人と関われない」といったものです。

拍子抜けしませんか?演奏シーンでは物理法則を無視した描写が当たり前のように繰り広げられるのに、キャラクターの心を見てみると、そこにいるのは普通の高校生です。いかにも漫画ならではの現実離れした濃いキャラクターが、隣の席の同級生かと思うほどにリアリティーのある悩みを抱えています。


そして、この“普通の”心の問題は、非常に分かりやすく描かれています。ここで一役買うのが、神峰に見える心。上述の通り、神峰(と読者)にはキャラクターの心が武器やファンタジー生物に見えます。これもトンチキと言えばトンチキなのですが、心の問題を噛み砕いて説明してくれるかのような非常に的確な比喩として作用してくれます。(この特殊な演出のみで心の表現を済ませてしまうことはなく、キャラクターの置かれた環境や性格はしっかりと説明されているので安心してください。)故に、キャラクターが抱えてきた負の感情は、大胆な手段が使われながらも丁寧に伝わってくることになります。

逆もまた然り。彼らが希望を見つけたり前に進んだりする姿も、同じように描かれます。キャラクターの辿り着いた歓喜や感動にもやはりリアリティーがあり、そして派手に・ダイレクトに伝わってきます。そのカタルシスは逸品です。

 

そんな心の描写が演奏シーンに絡められてくる様子は圧巻です。心の奥底に隠されていた苦悩も、自分と向き合うが故の葛藤も、前を向く決意も、相手を救いたいという願いも、やがて訪れる歓喜も、音楽という“心のやりとり”の中で描かれます。だからこそ、トンチキ吹奏楽に何にも代えがたい熱さが生まれるのです。

 

吹奏楽漫画としてのリアル

ちなみに、演奏されるのはほぼ全て実在する楽曲で、曲の構成に沿って上述の音楽描写が入ります。例えば、曲中にトランペットの見せ場があればトランペット奏者の演奏シーンが描かれ、彼の心にスポットライトが当てられます。物語の展開は曲の展開と驚くほど一致していて、作中に登場した楽曲を実際に聴いてみたくなること必至です。そして、実際に楽曲を聴いてみたら本編を読み返したくなること必至です。推しや推しカプに公式イメソンがある、なんて事態が起こることもありますよ。

また、作中に登場する楽器の簡易な解説も随所に挟まれるのですが、楽器の特性は演奏者の性格や立場に絡められる形で紹介されます。この絡め方も巧みで、楽器への理解が深まることでキャラクターへの理解が深まり、キャラクターへの愛着が深まることで楽器への愛着が深まることになります。

 

このように、吹奏楽漫画としておかしな特殊な描写は多いものの、読者に吹奏楽曲や吹奏楽器への興味を持たせるような工夫がなされています。この漫画に熱中する頃には、きっと

吹奏楽は!!スポーツより熱く!!ファンタジーより劇的だ!!

(公式サイトより)

というキャッチフレーズの意味を実感しているのではないでしょうか。 

 

個人的な話をすれば、楽曲の使われ方が好きなのは7~8話と61話で、楽器の紹介が好きなのはオーボエ奏者のエピソードです。

 

物語に散りばめられた優しさ

ここまで『SOUL CATCHER(S)』の熱さを中心に語ってきましたが、私はこの作品の根幹に優しさがあると思っています。

 

チート能力を持っている主人公の神峰ですが、その割にはかなり臆病。人の嫌な心を散々見てきたことやその心を変えられなかった経験から他人との関わりを躊躇うようになってしまい、「自分に生きる意味はない」と思い詰めるほどになってしまっています。そんな神峰にとって、音楽で人の心を変えるという経験は今までの人生観を一変させるようなものでした。神峰は指揮者の活動を通じて、音楽に自分の生きる意味を見出していきます。とは言っても、彼にとって他人と関わることは勇気のいる行為であることに変わりはありません。彼は小鹿のように震えながら対話し、滝のような量の汗を流しながら指揮棒を振ります。

一方、部員たちは神峰や仲間との交流や音楽を通じて、自分の悩みや問題と向き合いながら前に進むことを選びます。しかし、問題が解決したところで部員たちの性格が大きく変わるわけではありません。「自分らしさはそのままに前を向いてみる」くらいの変化です。

神峰にせよ部員にせよ、この漫画には「完璧な人間」が登場しません。しかし、完璧でない人間が互いに肯定し合い、救済し合い、少しずつ成長し、少しずつ前を向いていきます。

 

人間の弱さを真摯に受け止め、人間の強さを見出だして希望を描き、人間を肯定する。そんな優しさがこの作品の下地です。

故に、私は『SOUL CATCHER(S)』を「吹奏楽漫画の皮を被った人間讃歌」だと思っています。

 

ここまで書くとメッセージ性の強さばかりが目立つ作品だと思われそうですが、ふと冷静にコマを見つめてみると吹奏楽曲をバックに高校生が武装したりモンスターを召喚したりしながら大乱闘を繰り広げています。熱いんだけど、やっぱり何かがおかしい。それでもやっぱり熱い。そして優しい。それが『SOUL CATCHER(S)』です。あとキャラクターも魅力的。単純に萌えます。金井淵くん(トロンボーンパートリーダー)よしよししたい…

 

全人類に『SOUL CATCHER(S)』を読んでほしい

絵も台詞回しも設定も演出も物語も、何もかも癖が強い作品です。好き嫌いは大きく分かれると思います。実際、この漫画は決して莫大な人気を博した訳ではありません。しかし、ハマる人はハマるようです。

 

この漫画は数奇な運命を辿っていました。週刊少年ジャンプでの掲載順が打ち切りスレスレライン常連かと思いきや、突如中堅ラインに浮上したり。打ちきりを免れたものの、突如『少年ジャンプNEXT』(三か月に一回発刊)に移籍して、更に『少年ジャンプ+』というスマホアプリ(週に一回更新)に移籍したり。*2単行本売上は各巻3~4万冊なのに人気投票の応募総数は3万5千通だったり。*3

「『SOUL CATCHER(S)』は信者の声が大きいだけ」と言われているのを見かけたこともありますが、あながち間違っていないのかもしません。しかし、信者の一人としては、信者をここまで熱心にさせてしまう『SOUL CATCHER(S)』の底力に感嘆してしまうのです。

 

「全人類に読んでほしい」と書きましたが、「全人類にこの作品を好きになってほしい」というよりは、「この作品を好きになるような人には確実にこの作品が見つかってほしい」という意味です。仮に100人が読んで1人しか好きにならないとしても、その1人がこの作品を知らないままでいるのは非常に悲しいです。その悲劇を防ぐためには、一人でも多くの人にこの作品を知ってもらわなければならないと思っています。

 

 試し読みが出来るアプリ・webサイト

いきなり単行本を購入することはためらわれると思いますので、まずは試し読みをして頂きたいです。

 

 
play.google.com

【3/9追記】冒頭にも挙げたアプリです。「ダンダン無料」というコーナーで、1~4巻を毎日1話ずつ無料で読むことが出来ます。

 

www.shonenjump.com

公式サイト。各巻の1話目を無料で試し読みすることができ、ついでに単行本の購入もできます。

 

[op.1]SOUL CATCHER(S) - 神海英雄 | 少年ジャンプ+shonenjumpplus.com

少年ジャンプ+のサイト。1話~3話が無料で読めます。

 

 

play.google.com

ポケモンGOのごとく、少年ジャンプ系列の雑誌や単行本が街に出没するアプリ。運が良ければ1巻~3巻が1週間無料で読めます。

 

 

 

ごちゃごちゃと綴ってきましたが、SOUL CATCHER(S)』は、等身大の悩みを抱えた普通の高校生達が少しずつ歩み寄って笑い合えるようになれるまでの過程をトンチキ吹奏楽を通じてリアルに描いた、熱くて優しい漫画です。是非読んでみていただきたいです。

*1:「音は心で奏でるもの」という前提があるため、演奏シーンで奏者の心に焦点が当てられることになります

*2:打ち切りの救済策としての移籍だったとは断定できませんが……

*3:参考までに、同時期に行われた『ワールドトリガー』の人気投票応募総数は2万6千通です。

「初代最強説」に初代世代として思うこと

 

自分が幼い頃大切に思っていたものの価値が下がる。そう思うと怖い。いつの間にかプリキュアは何十人にも増えていて、なんだかカラフルになっている。下の世代の宝物は、初代とは似ても似つかないカラフルなプリキュアもどき。切ない。

f:id:troisgolfe:20180203191702j:plain

増えたプリキュア。端に追いやられた初代

 

そんな時、こんな場面を見たら?

 

f:id:troisgolfe:20180202235555j:plain

後輩プリキュアが止められなかった船を止める初代

初代が他のプリキュアと比べて明らかに強い。そりゃあ嬉しいし、安心する。この感動を同世代で共有したいし、初代を知らない人たちにも広めたい。

 

こうして、「初代最強説」が生まれるのだと思います。

勝手に初代世代の考えを決めつけやがって、と思われそうですが、“大きなお友達”としてプリキュアを見始める以前の私なら一人の初代世代としてこのような感情を抱いたはずです。

 

 

ところで、『キツネとブドウ』の物語を知っていますか?高い木に生っているブドウを食べたいのにそれを取ることが出来なかったキツネが、「あのブドウは酸っぱかったんだ」と思う話です。

自分の行動や感情に水を差された時に、別の方向からその行動や感情を肯定するという例です。

 

なぜいきなりこんな話を始めたのかというと、初代最強説、これに似てませんか?

「自分の感情(初代が好き)に水を差された(初代が蔑ろにされている)とき、別の視点から自分の感情を肯定しようとする(初代は他のプリキュアより強いと主張する)」

この感情は、初代プリキュアが好きだからこそ抱くのではないかと思います。

 

初代以外のプリキュアも好きな人でも、「自分の好きなシリーズがネット上で叩かれているとき、版権売上が高いことを知って嬉しかった」だとか、「『プリキュア人気に翳りが』と言われたとき、近所の子どもがプリキュアの玩具を持っていて安心した」だとか、この手の感情を抱くことはあるのではないでしょうか。というか、両方とも私の実体験です。

 

初代最強説は、初代プリキュアを大切に思う気持ちが生んだもの、ただそれだけだと思うのです。きっと初代世代以外の世代も、幼い頃に見た大切なプリキュアをなんとかして肯定しようとするでしょう。

 

また、初代最強説が謳われる時にはオールスターズ等での初代をリスペクトした展開や演出が挙げられがちですが、プリキュアシリーズが初代をリスペクトするような演出をしてくれることは、初代世代としても、プリキュアの15年を好きなオタクとしても嬉しいです。これからもやってほしい。

 

 

 

 

とは言え、モヤる。

初代以外も好きな私が、「初代最強説」を見て「他のプリキュアだって同じくらい強い」と叫びたくなるのもキツネとブドウの例と同じなのかもしれないけど、それにしてもモヤる。

 

プリキュアから離れていた頃、私は初代最強説に賛同していたはずです。

では、何故そんな私が今では初代最強説にモヤるのかといえば、初代以外のプリキュアも強いと思っているから。他のプリキュアも好きだから。それだけです。

 

というわけで、初代最強説を唱える人には、“カラフルなプリキュア”も見てほしいです。

そう言われても、何から見ればいいのか分からないでしょうし、面倒くさいでしょう。全話ネット配信されているわけではないし、50話分のDVDを借りて見る金も時間もない。ローカル局で色々なシリーズの再放送はしているけれど、途中から見るのもなんだかキリが悪い。

そんなあなたに朗報です。


f:id:troisgolfe:20181105234008j:image

『映画HUGっと!プリキュアふたりはプリキュア オールスターズメモリーズ』が大ヒット公開中!

今の“カラフルなプリキュア”を見ることが出来るだけではありません。なんと、心のふるさとであるなぎさとほのかにも会えます。しかも、二人にはかなり美味しい見せ場があります。

HUGっと!プリキュア』(現在放送中のプリキュア)を知らない人は話についていけない、なんて悲劇が訪れることはありません。上映時間は90分にも満たない短さですので、2時間も映画を見るのは腰が重い、なんて方も気軽に見られますよ。

 

あの日『ふたりはプリキュア』が大好きだった人にはきっと刺さるものがあるであろう、とても素敵な映画です。

そして、映画館にたどり着けば、幼い子どもたちに出会うことでしょう。プリキュアを必死に応援する彼らの姿は、14年前の自分と重なるかもしれません。そんな醍醐味も味わえますよ。

 

というわけで、初代世代の皆さん、劇場にどうぞ!

theaters.toei.co.jp

ドリームステージ(ネタバレあり)

 ステージ上にいた彼女たちは、子どもたちにとって紛れもなくプリキュアたちだった。そして、子どもたちはプリキュアたちが大好きだった。それが感じられただけでも、ドリームステージは何にも代えがたい輝きに満ちていた。

 

 開演前、私の隣には3人の女の子が座っていた。
「今プリキュア何してるんだろ」
「着替えてるんじゃない?」
「お菓子作りしてるんだよ」
こんな会話をしながら。

――彼女たちが楽しみに待っているのは“プリキュア”で、そのプリキュアが大好きなんだ。そう感じ、心が洗われるようだった。
 ショーが始まってからは、プリキュアたちが呼び掛ければ子どもたちはそれに応じるし、プリキュアたちがピンチの時に子どもたちは精一杯のエールを送る。目の前にいるのは正真正銘のプリキュアだから。

 そして、お姉さんやプリキュアたちの合図を待たず、子どもたちは思い思いのタイミングでプリキュアに声をかける。特に、プリキュアがピンチに陥ったとき。ほんの少しでもプリキュアがよろめけば、呻き声をあげれば、子どもたちは「頑張れ」と叫ぶ。大好きなプリキュアが負けてしまう、大好きなプリキュアを応援したい、そんな子どもたちの必死さが伝わってきた。子どもたちのプリキュアへの「大好き」がひしひしと伝わってきた。映画のミラクルライトを振る子どもたちからも同様の思いは伝わってくるが、会場一杯に響き渡る応援の声は、今まで私が見たことのない規模であった。

 

 一方で、お姉さんやプリキュアたちは、そんな子どもたちの声に「ありがとう」と告げたり、子どもたちの声をきっかけに立ち上がったりする。野暮な話だが、このショーには台本があり、プリキュアたちの言葉は事前にキャストの方がその台本通りに吹き込んだものである。ただその台本は、子どもたちのコール・レスポンスがあることを前提として作られているのだ。そしてそのコール・レスポンスは、子どもたちの「プリキュアたちを大好きである」という思いから来ている。つまりこのショーの台本は、「プリキュアたちを大好きな子どもたちがプリキュアにコールやレスポンスを送ってくれる」ことを信じて作られているのだ。

 

 子どもたちはプリキュアたちが大好きで、このショーに携わる大人たちは子どもたちの「大好き」を信頼している。あのショーの空間には、子どもたちのプリキュアが大好きだというキラキラルと、大人たちの子どもたちへの信頼というキラキラルが溢れていた。そのことが、ただひたすらに尊かった。

 

↓以下ネタバレになります(反転)

 

 

 

 

 特に印象的だったのは、MCのお姉さんが「プリキュアを応援しよう」と煽る以前にキュアパルフェが「みんなの思いが伝わってきた」と述べた場面だ。お姉さんが煽る以前に子どもたちが声を上げた結果、キュアパルフェパルフェの「思い」という台詞は「口に出したプリキュアへの応援」という意味を持ったように思えた。偶然か必然か、子どもたちがこの時点(お姉さんが煽る前)で声を上げることによって、キュアパルフェの台詞の意味は少し変わるのだ。もしこれが「お姉さんが煽る前から子どもたちはプリキュアを声を上げて応援するだろう」という関係者の信頼によって成り立っていたとすれば、脱帽だ。

 

 さらに子どもたちのキラキラルは、現行の『キラキラ☆プリキュアアラモード』にのみ向けられていたわけではない。『Go!プリンセスプリキュア』が現れたとき、『魔法つかいプリキュア!』が現れたとき、子どもたちから歓声が上がった。「夢は未来への道」や「魔法アラ・ドーモ!」を、子どもたちはプリキュアたちと一緒に踊っていた。子どもたちにとっては、彼女たちも「大好きなプリキュア」であるということだ。子どもたちは去年も一昨年もプリキュアを見ていたのだろうか。その時の「大好き」を、今も失っていないのだろうか。そう考えたとき、目頭が熱くなった。
 そして、二作品のプリキュアの登場がこのショーのサプライズであったということも、「子どもたちが『Go!プリンセスプリキュア』と『魔法つかいプリキュア!』を大好きである」という信頼がを前提としていたと思う。サプライズは成功した。子どもたちはGo!プリンセスプリキュア魔法つかいプリキュア!も大好きだったから。
 『Go!プリンセスプリキュア』と『魔法つかいプリキュア!』においても、子どもたちの「大好き」とそれを信じる大人たちの熱い思いが存在していたのだ。

 

 

 

 

↑ネタバレはここまでになります

 

 ドリームステージは、プリキュアショーは、「プリキュアたちの物語とダンスのショー」ではなく、「プリキュアたちと子どもたちが紡ぐ空間」であると確信した。あの尊い空間を用意してくれたドリームステージに、心から感謝を述べたい。